資料に残る、この紋の物語
織田木瓜と、信長ゆかりの岐阜
使用家と資料に残る品
岐阜市は織田家の紋として織田木瓜を紹介し、信長が1567年から1576年まで岐阜を拠点にしたことを説明しています。木瓜という題材のうち、どの図を織田家の紋と呼ぶのかを、掲載された名称と図から確かめる入口になります。[1]
名称資料に載る情報
掲載名は「織田木瓜」、読みは「おだもっこう」。参照図鑑の分類は「木瓜・窠」です。
家紋のいろは「織田木瓜」の掲載情報。使用者欄は同図鑑の記載で、史料・所蔵品解説とは根拠が異なります。
- 戦国期の人物(図鑑記載)
- 織田信長、織田信忠、柘植正俊、津田秀政
- 大名・旗本・公家等(図鑑記載)
- 戦国大名織田氏、丹波柏原藩織田氏の定紋、大和芝村藩織田氏の定紋、大和柳本藩織田氏の定紋、旗本織田氏、旗本津田氏、旗本柘植氏、旗本島氏
- 姓氏(図鑑記載)
- 織田、松長、神戸、津田、柘植、島
- 神社(図鑑記載)
- 京都市建勲神社
- 寺院(図鑑記載)
- 京都市阿弥陀寺
似た名の紋を見比べる
関連名の候補です。同一図柄・同一家系の判定ではありません。解説の出典
- 岐阜市「ナビ番号:629 織田信長の家紋:木瓜」 ↗織田木瓜と織田家、岐阜での活動 / 自治体・博物館の解説





